※ この記録は、ある研究会で発表したレジュメをもとに作りました。
研究会での質問等をふまえて、多少改変してホームページに転載しています。
ご意見は、こちらまで。
前半が記録、後半が補足資料として研究会で発表しました。
ジェンダーを考える授業の記録 報告 松尾かずな
◎ 日時場所 私学サマーセミナー、1999年7月21日午後、淑徳高校
◎ 参加者 県内の高校生7人、大人10人
◎ 授業者 松尾かずな
◎ 授業時間 2時間(休憩10分)
◎ 目的 (1)各自の中にある、他のジェンダーに気づく
(女→男らしい、男→女らしい、若者→オヤジ、オバサン)
(2)性に関するものを押しつけるのではなく、自分の意見を持ちながら、
他のひとと語ることを考える。
◎教室の配置 黒板を前にして、授業者が立つ。椅子のみ(机なし)をコの字型に円
く2重におく
◎ 展開
黒板に「遊ぶじぇんだーふり→」 と書いておく
【プリント配布】
I オヤジとはなにか? を考える 「一億総おやじ化 計画発動!!」
となり近所で
(1) 自分の思う、オヤジらしさを考え、振舞いをしてみる、また、オヤジらし
い行動を出し合う
《目的》 自分の中のオヤジ性をとらえる、導入で、少し頭と身体をほぐしても
らう
※ なぜ、オヤジをとりあげたか?
オヤジへの評価は、特に若いひとにとっては「不快」「不潔」「不愉快」
となるが、「かわいい」という評価も他方である。
両方の意見が出てくることが、ジェンダーを考える上で重要で、一方的な
意見とならないことが大事だと考えたからです
※ オバタリアンでない理由
メディアによってつくられたイメージであり、否定的な文脈が多い。場の
雰囲気をみて、今回はとりあげた。授業では、おばさんたちの生の声が必要
※ 女らしいこと、男らしいことでない理由
女の生徒の方は、自分の男らしいことはあげられるが、男の生徒の方は、
自分の女らしいことをあげるときに、否定的な思いを持ちながらあげること
が多い。価値がそこに入りこむのは、導入としては不適当だと考えた。
(2) オヤジらしいこととして出された意見に、合わないものを考える
→ オヤジだけではない、多くのひとのことだということを知る
(3) 自分が当てはまるオヤジらしさを考える
→ オヤジという、自分たちのことではないとして出したものが、自分自身の行
動でもあることを確認する
※ 出した意見を自分たちに返す作業です。
II 例題をもとに、ジェンダーフリー的に、ことばを考えなおしてみる
1 次の語を例にならって、じぇんだーふりー的に変換せよ!
例題 男女 → 女男 夫婦 → 婦夫 (理由;いつもなんで男が前なのさ!)
(あ) 夫妻 → (い) 夫唱婦随 → (う) 嫁ぐ →
(え) 女女しい → (お) 男まさり → (か) 女房 →
2 次の語や文章を、意味をよく考えて、じぇんだーふりー的に修正せよ!
(あ) 父兄参観 →
(い) 〈おじいさんが〉「少し老婆心を出して注意すればなぁ...」
(う) 今年の梅雨は男性的なもので...
(え) 自由課題
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※ 語句の意味が通じないものがあります。
「夫唱婦随」 「男まさり」 「老婆心」 「(梅雨が)男性的」
◎いろいろな意見を出すことが目的です。なにの意見に統一することは全く目指
していません。気をつけてください。
◎すべての言葉を考えるわけではなく、時間をみながら、順番にやっていきます。
実際に、1の(か)と2の(え)はほとんど追求せずに飛ばしました。
※ 当方の予想以上にバリエーションがあります。この場でもやってみましょう。
◎出にくいものについては、ヒントとして、いくつかのことを出すことが適当だ
と思います。
【休憩】
III ちょっとまじめにジェンダーフリー
◎ おまえの を見つめよ!!
◎ 何故、今日のこの時間は なのか?
◎ じぇんだーふりーは だ。
最初に、上の3つの文章をうめてもらう。特に、最初の文章を考えてもらった。
休憩前にやったことを思い出してもらう。Uの議論で頭を柔らかくしたあとで、
もう一度、Tのオヤジのジェンダーに問題をかえす。
まとめとして、最初は、嫌だと思いながら出していたけど、自分自身にもけっこ
う当てはまったことを確認する。
その後、オバタリアンについてイメージを出す。オバタリアンには、否定的な意
味付けが多い。これを、参加者のおばさん、授業者が、すべてを肯定的に読み替え
ていく作業をする。
すでに、一つの言葉をいろいろな形で読みこんで、一緒に考えてきたので、否定
的な意味を伴って言っていた言葉の読み替え作業に対して表面的に否定することは
少なく、互いに、自分が考えるイメージを出し合った話し合いになる。
高校生が、オバタリアンの否定的なイメージを出しやすかったのだけど、実際に
おばさんの意見を聞くと、少し言えなくなってきてしまった。が、否定的ではない
読み方を知ることはよかったのではないかと考えている。
高校生の方に少しシコリが残っているように見えたので、オバタリアンの番組を
作ってる人、オバタリアンのイメージをテレビで流す人の性別はいったい何だろう
ねと発問する。すると答られません。
そこで、オバタリアンとして、編集しているひとに、おばさんはいない。テレビ
の製作現場のほとんどの人が男のひとか、若い女のひと。本人たちの意見を聞かな
いで、オバタリアンと決めつけるということに、みんなは平気なのか? と問いか
ける。
最後に、言葉の読み替えのところで分かったように、なんでもかでも読み替える
というのも意味が通らないし、意味を伝えようとするともともとの意味が分かりに
くくなる気もする。でも、もともとの言葉の意味がすでに通じなくもなっている。
言葉は、いつも固定的ではない。大事なのは、自分の意見をしっかりと持って、そ
れによって話し合って、互いの納得できるものをつくるということだということを
投げかける。
◎ ジェンダーフリーについての意見
ジェンダーフリーとは、女性差別を解消する、バリアフリーに近い言葉として出
てきたものだと考えられるが、ジェンダーにとらわれることで自由になれないのは、
女性も男性も同じように自由になれない気持ちがある。
決めつけるのではなく、話し合って線引きを引きなおすという、ジェンダーの間
にあるように考えられている境界を自由に考えるということが、ジェンダーフリー
だと考えています。
◎ なぜ、ジェンダーを考える授業(教えるではない)なのか?
ジェンダーとは、女らしさ、男らしさの話に見られるように、非対称です。ただ、
その問題には、いろんな職業の差、考え方の差などの問題があり、場面によっては微
妙となっています。ジェンダーの研究では、すでに論破されていることも、物語的に
残されています。
その物語の一つが、女性側の告発、攻撃という形で描かれやすいことです。
ジェンダーを考えるということには、余計な告発というメッセージ、押し付けとい
うメッセージを極力避け、まずは、ジェンダーについて、知って、自由な発想で意見
を出し合いましょうという意味を入れています。
わたし自身は、ジェンダーを学ぶには、いろいろな方法があると思います。
正確な知識を知ることで、ジェンダー=偏見から少しだけ自由となることも大事だ
と思います。ただ、わたし自身は、具体的に授業でやる場合は、すでに、自分たちが、
ジェンダーに絡めとられていることを自覚し、対岸の火事ではなく自分たちの問題を
考えるという部分にもっていけるように考えています。
ジェンダーに絡めとられた思考は、簡単に抜け出せないと思っています。ただ、抜
け出そうと考えてることは簡単だと思います。
◎ ジェンダーとは何か?
理論的には、ジェンダーとは、ひとの、「物事を2つに別ける思考様式」のことをさし
ます。性別を2つにすると女男となります。
ジェンダーを解体するためにはいくつかの題材があります。文化人類学のアプローチ、
装いの歴史、行動の変遷、心の性を取り上げる、性指向のマイノリティをとりあげる、性
別の基準を考えるなどです。題材を総合学習的に取り上げる必要も感じます。
ジェンダーフリーを字義通りに解釈すれば、ジェンダー化する思考(ものごとを2つに
別けて考える)自体を問題としないといけません。これはむずかしいことですし、高校生
への授業としては、困難を伴うと考えます。
補足資料
IIのところで出てきた意見をまとめると
漢字や意味に入りこむジェンダーに気づくと、
(1) 同じ意味の言葉に読み替える
(2) そのままの文化を残す
(3) 漢字を書き換える
の3通りがある
「夫妻」 妻夫(入れ替え)、つれあい(意味)
「夫唱婦随」 婦唱夫随(入れ替え、いまの夫婦には多い)、
夫唱婦唱(いまの夫婦にはこちらが多い、好き勝手に言っている)
「嫁ぐ」 偏を「男」にかえる(入れ替え)、つくりの「家」を「出」にする(入れ
替え、少し意味も考える)、使わない
「女々しい」 「男男しい」にする(男のほうが弱弱しい)、「弱弱しい」にする
(意味通りにする)
「男まさり」 「女まさり」にする(入れ替え)、わんぱく、たくましいという言葉
を使うようにするなど
「父兄参観」 「親子参観」 「母親参観」(実態に合わせる) 「授業参観」(意
味に合わせる)
「老婆心」 「老爺心」「親心」「親切心」「おせっかいながら」
「男性的」 「集中豪雨的」(意味どおりにする)
報告文章に書いたように、どの意見でも、構わない。自分たちの意見を持つ
ことが大事。
目的は、読み替えられる形をいろいろと提案し、深いところでことばの意味
を自由に考える。もともとの意味にこだわって、文化をかえることはおかしい
という子がいてもいい。ただ、話し合わないと、意見が通じないよねというこ
とを強調する。
言葉を言いかえろということは、一切言いたくないです。そういういいかえ
だけするのは、わたしのやりたいことから大きく外れた誤解です。