『おもしろ学校ごっこ』のあんない
おもしろ学校職員室のれきしから
おもしろ学校職員室のメンバーは、ふだんの学校でもいろいろとおもしろいじゅぎょうをしています。なん人かの人は、ざっし『ひと』太郎次郎社のなかや、じぶんの本のなかで紹介(しょうかい)してきています。
もともと、おもしろ学校職員室は、名古屋ひとの会という名前でした。ざっし『ひと』がなくなって、名古屋ひとの会という名前をおもしろ学校職員室に変えたのです。
こうしたさまざまなじゅぎょうを広めようというかつどうを、本やざっしだけではなく、この地域(ちいき)のなかで紹介することもずっとやってきました。10年くらい前までは、この地域のせんせいを中心に、じゅぎょうの交流(こうりゅう)をする合宿(がっしゅく)をしていました。しかし、なかなか人があつまらなくなってきたので、いつしか止めてしまったのです。
おもしろ学校職員室のあつまりは1月に1回くらいあります。合宿がなくなってからは、あたらしいじゅぎょうの提案(ていあん)やそれぞれの学校でのもんだいの交流をしてきました。そういうころにわたしは参加しました(つまり、イチバンあたらしい)。
こういう日がつづいていたのですが、1993年に、ひとの会(いまのおもしろ学校職員室です)のメンバーのじゅぎょうを、これまでのような学校のせんせい相手ではなく、ふつうのおや子にたいけんしてもらってはどうか、という声が出てきました。このあたらしいていあんは、伊藤さんか岡崎さんだったと思います。そのていあんに、メンバーはみんなのり気になりました。うれしそうな子どものすがた、のめりこむ大人のすがたが思いうかばれたのでしょう。たのしんでもらうことは、わたしたちにとっても とても元気がでることですから。
こうしてはじまったのが1日おもしろ学校ごっこです。ちょうど同じころに、東京の方では、ゆうめいな先生たちがおもしろいじゅぎょうをする会がひらかれていました。わたしたちの学校ごっこは、ゆうめいな人はほとんどいませんが、おもしろさではけっして負けないし、リーズナブルな価格せっていができるので、いいだろうということもウラで話されていたりしました。でも、わたしたちの住む地域でこういう学校をひらく、ということに大きなイミがある。これがとっても大切なことです。
1日おもしろ学校ごっこでは、メンバーのふだんのおもしろいじゅぎょうをやるだけではありません。まい回、いつも同じものをやるのではなく、あたらしいじゅぎょうもためしてきています。おもしろ学校でやるから、ふだんのじゅぎょうでもやる、ということもあり、かなりいろいろなじゅぎょうが出来てきました。
そこで、おもしろ学校職員室に山本さんも参加されていることだし、せっかくだから、このじゅぎょうを本にまとめよう、というあたらしい話が出されました。そこでは、じかん的なもんだいや、ばしょのもんだいのために、おもしろ学校でやったことのないものでも、おもしろいものは含めようということになりました。やってみると、いっぱいあるものです。1つの本でまとめようという話が、ないようによって3つに分けるということになりました。このため、ぶんしょうも、だいぶ書きかえました。これは、出版社のいけんもとりいれたのです。じつのところ、ないようはどれも、大人までたのしめるものなのですがネ。